フォト
2014年12月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

想い出し旅日記 昨年の今は

2011年10月30日 (日)

パリのマルシェと ラムの煮込み クスクス添え

想いだし旅日記 「昨年の今は」どころか

4_3

一昨年の今は。。。なので 想いだせないよ 日記なのです。 お恥ずかしい

1_2

↓ この ラムのプルーン煮込みクスクス添え(栗とひよこ豆入り・アーモンドとトリュフのスライス添え) 確かにおいしかったのです。

ですが、お店の名や住所、お値段情報もなしでは

2_2

「他人の食べた うまいもん自慢なんか 聞きたくないよ」と自分でも思うのです 

ごめんなさい。メモが どっかに行っちゃいました。 発掘し次第追記します。

こちらは オマールのサラダ。 

3

2011年10月11日 (火)

チュニジアツアー回顧録2 

2010年 2月10日 チュニジア初日

1_10

 ケロアンの旧市街から

Photo_2 

世界遺産マーク発見

1   

寒い。 ここはアフリカじゃなかったのか?

1_3

文句を言っても遅い。 アフリカだろうが冬は寒いのだ。

1_4

世界遺産を どどーっと駆け巡るツアー

Photo_3

街中のいろんなところに 大統領の絵。 たとえ大好きな韓国スターの顔でも
このサイズで見たいとは思わないんだけど。。。ま、感覚の違いですかね?

1_5

ドゥッガの遺跡。

11

最初から飛ばすともたないなぁと思い、遺跡見学はほどほどにしておく。

12

それにしても 風がものすごく強くて寒い。 ダウン持ってくれば良かった~。

1_6

ランチは スープ

1_7

昼からワイン。 幸せ~

1_8

メインは

1_9

デザートはオレンジ

 

2011年10月 2日 (日)

チュニジアツアー回顧録 その1

2010年 2月9日から17日まで チュニジアにツアーで行ってきました。

その時の旅行記が整理されていないので 今さら日記 ぽつぽつ書いていきます。

**********************************************************************

1

2010年2月当時は まだ革命前 ベンアリ政権時代です。

1_2

海の対岸はイタリアのシチリア島です。古代ローマ時代 ここはローマ人の力が及んで
いたのだなぁ と 遺跡を見ると そう思います。

1_3

子供たちは とっても人なつっこく、でもちょっぴりシャイです。
いろんな民族がまじりあっているのだな、と感じますが
もともとはベルベル人の国。 ベルベル人って有名な人は サッカーのジタン選手ですね。

1_4

フランス統治が長かったので、フランスパンがおいしいです。

イスラム教徒としての戒律はゆるめ、しかもキリスト教徒も昔からいるため

女性もへジャブ(頭を覆う黒い布)をかぶっている人は 都市部には めったにいません。

異教徒の我々は もちろん 昼からワインを飲みます。

1_5

マーケットの肉やさんです。 もっとショッキングな写真を撮りましたが自粛。
(ひつじさんのアタマがずらーっと並んでたり。。。)

1_6

内陸部には もちろん砂漠があり、ラクダにも乗れまます。

Photo

首都チュニスは大都会でした。 
新市街は近代化が進んで 一部東京と、そう大きく変わらない、
おもしろ味の少ない都会? と思いきや

旧市街に入ると 一転 庶民の生活がうかがえるところがありました。

チュニジアは今、どうなっているのでしょう?

2011年3月 4日 (金)

世界遺産の街 プロヴァンProvins パリから鉄道1日券で

2009年 12月24日  ベルギー・パリ クリスマス旅行 6日目

Photo_6

パリ2日目は郊外のプロヴァンに行ってきました。 世界遺産の街です。

プロヴァン Provins というと 「プロヴァンス Provense ?」と思われるかたもいらっしゃる筈ですが、

ピーター・メイルで有名になったあちらは南仏。 

こちらはパリ郊外、電車で1時間くらいのところにあります。

パリ市内の鉄道1日券がカバーする、いちばん遠くの駅です。↓ 写真の右下の一番端っこにProvins の文字が見えます

Photo_7

中世の商業都市、シャンパーニュ地方の中心地として栄え、その後衰退してしまったため
12~13世紀の中世の様子が、素晴らしい状態で残っています。
2001年にユネスコの世界遺産に指定されています。

1_3

クリスマスイブという「よりによって」な日に行ったこともあり、街はとても静かでした。

Photo_12
グランジュ・オ・ディーム la Grange aux dimes という中世の市場を再現した博物館や
セザール塔 Tour Cesar の受付嬢などは 中世お姫様のいでたちで迎えてくれます。
ロングスカートの裾から、スニーカーが見えちゃったりするのが御愛嬌です。Photo_8

しかも 観光局のインフォメーションセンターで

日本語のパンフレットをくれたお嬢さんと同一人物でした。

わずかの間に早変わりしてたのね。

1_2 

6月には「中世祭り」が催され旧市街への入場が有料になるのですが、

中世っぽいコスチュームで行くと半額になるそうです。

お祭り好きの私としては、ぜひ次回は「巡礼の白魔女」の格好でもして参加したいと思いました。

観光局でもらったパンフレットによると旧市街と新市街のちょうどまん中あたりに

フランス最古のレストラン」の認定をうけた店 
Hostellerie dela Croix D'or があるとのことで

Photo_13

「これは是非行ってみなければ」と勇んで出かけたのですがクリスマスだからなのか閉っていました。

Photo_14

この日のお昼は 旧市街の観光客相手のようなクレープリーで

Photo_9
卵・チーズ・ハムのガレット、サラダ添えと クレープのコンフィチュールのせ のセット。

ひとり10ユーロ、二人目からは5ユーロ 
という不思議な料金設定の定食を食べました。

つまりふたりで15ユーロです。 
オーダーの際に給仕のお嬢さんが

コンフィチュールは9種類から選んでね苺・きいちご・杏・すもも・梨・ルバーブ・桃・さくらんぼ・りんご よ」

と、まるで早口言葉のように言うのを主人に通訳しました。

Photo_10

「きみすごいね。いつの間にフランス語、覚えたの?」
「食材はわかるの。フードアナリストだから」
と 大いばりしました。

Photo_11

が、実際のところ、はっきり聞こえたのは
「フレーズ・フランボワーズ・アブリコなんちゃら ルバーブ かんちゃら ポム。。。」ぐらい
でも当時 直前に受けたフードアナリスト3級の試験で食材のフランス語を詰め込み勉強したのが
「本当に役にたったわぁ~」と嬉しかったです。

ところで 私の このブログのトップページのアイコンとして使っている写真は

このクレープのコンフィチュールを食べているところです。 (^^ゞ

2011年1月27日 (木)

サレルノ通信4 サレルノのイチオシレストラン 土曜日ランチは20ユーロでこの皿数

忘れたころにやってくる 想い出し旅日記 過去ログはこちら(このページの下に過去ログが表示されます)

サレルノのイチオシレストラン は La Regola という名前。土曜日ランチは20ユーロでこの皿数です。

サレルノは アマルフィ海岸の端っこ ここからチレンターナ海岸がはじまるところ。

La Regola associazione engastronomica は そのチレンターナの郷土料理のお店。

アパートから徒歩5分のところに こーんな店があるなんて!通学途中、いつも気になっていたお店に サレルノ滞在 最後の土曜日ランチにおそるおそる ひとりで行ってきました。

お店は普段は夜のみの営業で、土曜日だけの昼のコースをやってます(日曜休み)。

最初に出てきたのが、はじめて見るようなボール。1_7 これは SPUGNA PANE といって

硬くなったパンを 水にひたして食べるための道具。

半月の形の 受け皿には 穴があいていて

水分が切れるようになっています。

パンはトウモロコシの粉が混じっているとのことで、 かたーくなったポレンタみたいな

食感です。フィノッキ(フェンネル・ういきょう)の香りがして、ま、滋味といいましょうか~。

噛みしめて食べると おいしいですね。 昔から、残り物をこうやって食べたんでしょうね。

1_5

1品目は Cion fotta (チョンフォッタ)という ズッキーニ・トマト・じゃがいもをソテーしてパルミジャーノをかけたもの。 ちょっとラタトゥイユにじゃがいもを入れた、って感じですね。

2_7

2品目はブロッコリーとじゃがいも・ガーリックのソテー。今はブロッコリーが旬みたいでどの市場に行っても 結球していない茎の長いブロッコリーが出ています。日本のものと品種が違うみたいで、ほのかな苦みがして、これはこれでおいしいものです。

1_6

3品目は メランザーネ(茄子)。

チーズとなす、トマトの重ね焼きです。
これにも いやっていうほど(好きなので大歓迎なんですが) パルミジャーノのフレークがかかっています。

4品目はパスタになって

ラビオリ・コン・フンギ

ラビオリを フェタチーズ(山羊のチーズ)

のソースであえたもの。

オレガノの緑がアクセント。フンギ(きのこ)の香りが利いています。

2_8

5品目もパスタで Rasagna e cieci (ラザーニャ・エ・チェーチ)3_5

ふつう、ラザーニャ(ラザニア)は ベシャメルソース(ホワイト・ソース) と

ボロニェーゼ(肉入りトマトソース)と

層にして、チーズをかけてオーブンで焼いたもの、と思っていたのですが

「これは 余ったラザーニャを ぶつぶつに切って 豆(ガルバンゾー)と ニンニクを利かせて 塩味で煮込んだもの」 とのこと。

ですから パスタはけっこう柔らかいです。

6品目にようやくメインになりました。

メインは一皿で 肉団子のフリット(フライ)と じゃがいも・きのこを炒めたもの。あっさり塩味で、おなかいっぱい~ と言いながら 全部食べました。

Photo_7

Porpetti di  Carne という料理名(つまり肉団子ね)だそうです。

ドルチェ は チョコレートケーキ

Photo_8 これでもかっ! っていうぐらい
濃くて 量もたっぷり。

コーヒーが飲みたかったのですが別料金でした。

Cilentana地域の伝統料理、とのことですので
質素な材料で、とにかく量もたっぷり。
味も濃い目です。

写真の分量は「とにかく 量を少なめに」

とお願いして、この量。
小食な日本人なら 二人でもいけるかも~って分量です。

Via Canali , 34 Centro Storico di Salerno

www.osteriacanali.it

ドゥオモからなら徒歩圏内ですが、鉄道のサレルノ駅からはバスで。
歩くと15分ぐらいかかります。

夜営業は 20:00~00:30

土曜の昼限定 20ユーロのコース料理のみの営業で 13:00~15:00

2011年1月15日 (土)

チュニジアの食といえば アーモンドと香辛料オレンジ タジンとフェンネル

家人が外出から帰ってくるなり 「おーいチュニジア ベンアリ大統領亡命だってさ」と新聞を差し出した

Photo_2

ちょうど1年前 チュニジア旅行した際 町中のいたるところに ベンアリ大統領の看板を見かけた。 しかも 「どう考えても、この写真 20年以上前のだよね~」という写真。

Photo_3

観光客として訪れただけでは、うかがい知ることができなかった

果物と香辛料 「乳と蜜のあふれる国」 といった印象だったのだけれど。。。

1

一刻も早い 政情の安定と鎮静化を願わずには いられません

Photo_4

チュニジア って 美味しかったんですもん !

旅行記 途中ですが こちらからもご覧いただけます ↓

http://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=70027109&blog_id=646687

2011年1月12日 (水)

サレルノ通信3 10月なのに北欧からきた若者たちは泳いでます

昨年、イタリア・アマルフィ海岸のはじっこ サレルノ滞在中に家族に送ったメール続編

Date: Wed, 30 Sep 2009 23:34:37 +0900 (JST)

今日も あきれるほど暑いです。
学校の若者たちは 元気に遊びに行き、わたしは ひとりっきりで学校にいます。

Photo_13 というのも、わたし以外の日本人、3人のうち 
一番上級のかおるさんは お母さんとその友達がシチリア旅行に来るとかで
迎えに行き、そのまま いっしょに旅行だそうで、学校は しばらくお休み。

かよちゃんという子はホストファミリーと海に行き

もうひとりの みかちゃんは 妹さんが旅行で訪ねてきて、いっしょにポンペイに行っちゃいました。

ルームメートのヘレナを含め 北欧勢は 授業が終わるや 飛び出していきました。

ひとりで旅してみて、実感するのは、治療で 思ったよりずっと体力が落ちているってこと。
それから、東京って ほんとに便利なところだってこと。

ヨーロッパの田舎は 歩きにくいし、エレベーター・エスカレーターがないし 公共交通もあんまり発達してないし。。。
12月に予定しているベルギー旅行も、いろいろ考えて 身軽に行きましょうね。

Photo_14

crown ring sun

アパートは 土曜日までの契約だったんだけど、
次の人が入るのは火曜日とかで
同じ料金で 月曜日まで泊まれることになりました。
なので今週末は移動するのではなく、引き続きサレルノにいて、 近場探検に出かけます。

(← ミネルヴァ庭園 1238年建造とのこと)

ポンペイはおろか ペストゥムにも 隣町のヴィエトリにも行ってないのよ。

先ほどミラノの お手軽ホテルの予約状況を確かめるメールを出してみました。

     
まさか 空いてないことはないと思うのだけれど、万が一駄目だったら、高いのを覚悟でちょっといいホテルに泊まるつもりです。  安いホテルには懲りました。。。

Photo_15

postoffice  pouch  ship

できるだけ、郵送できるものは 安い船便とかで送るようにして、軽い荷物で帰りたいけど
まさか、洗濯ものを送るわけにもいかず。。。

ship postoffice pouch 

というわけで、これから帰宅して 宿題 アンド ごはん作りします

(← サレルノ旧市街の中心 ドゥオモ)

チャオ! ア・ドマーニ!(また あした)

 happy01  sun

Date: Thu, 1 Oct 2009 23:27:40 +0900 (JST)

今日も あきれるほどの晴天で たぶん最高気温は 27.8度 いったんじゃないでしょうか。 10月ですよ~ でも、こっちでは 若者はまだ水遊びしてる。(地元の人はさすがにしないそうですが、 北欧勢の子たちは元気)

天気予報によるとサレルノ地方は 明日から週明けまで曇天、ときどき雨だそうです。  みんな、今日が最後のチャンス! と夏を満喫しに また、どっかに行っちゃいました。

ほんと娘たちは元気。

1_5 今、個人レッスンがおわったところ。
今日はスーパーのチラシを見ながら
何がいくらで 。。。とか 1パック・1袋・1瓶。。。などの数え方をやりました。

イタリア語にくらべると、英語ってほんと易しいですよね
ヨーロッパの北のほうから来た若者たちが ぺらぺら しゃべってるのも なるほどな、と思います。

イタリア語は かなーり手ごわいです。。。が
イタリア人が「むずかしいだろー」って イバって言ってますが。。。
ただし、とにかく 例外。例外で 覚えるしかありません。動詞の活用は 日本語のほうが規則性があるみたい。

おっしゃる通り、月曜の朝にサレルノからミラノまで 直行便で行きます。
それからミラノには2泊して こちらの水曜(10月7日)の夜の便で 日本に戻ります。

Photo_17  (← 学校前から城跡をのぞむ)

ローマは完全にパスです。
ガストロノミー大学のある、ブラにも行きたかったのですが 動き回るのは自粛しています。

とにかく、荷物を持っての移動が、かなり辛いです。

ポンペイなんて、とんでもない!って感じです
サレルノの街中だけで十分!。。。って感じですよ~

下手に観光するより、お店で食料品の買い物をして つたないイタリア語で ちょっとした話をしたり、ぶらぶら街歩きをして、思いもかけない場所で遺跡をみつけたりするほうが楽しかったりします。Photo_18

明日のこの時間にアクセスした後、最悪、日本まで通信できない可能性があります

(ホテルの「インターネット可」は、一切信用しないことにしてます。パリ・ナポリでことごとくアウトだったので)

じゃあ、ね~

(サレルノ通信4  へ続く)

2011年1月10日 (月)

サレルノ通信2 貴族の館を改装したアパート B1だから召使部屋だったに違いない

昨年、イタリア・アマルフィ海岸のはじっこ サレルノ滞在中に家族に送ったメール続編

Date: Tue, 29 Sep 2009 18:28:14 +0900 (JST)

サレルノの旧市街に移りました。
昨日までいたホストファミリー宅があった場所は、市内の高級住宅地でした。

Photo_4 (← わたしに提供された部屋)

10年前までは 町外れのさびれた場所だったのが、市が美化に力をいれた途端、人気が出て 今ではものすごく家賃が高いという場所でした。

(ホストファミリー宅は、亡くなったお父さんが大学職員だったので、職員住宅として以前から住んでたので、今はラッキーだそうです)

(←ホストファミリー宅から学校まで徒歩3分。 学校の前は散歩道で、 その前は海です。)Photo_9

今日からのアパートは、学校から歩いて15分。中世の町並みそのままの旧市街にあり ほんとに中世の街に住んでるみたいです。

美しいけど、すんごく不便です。ま、しょうがない。
街の中心には より近いのですが 石畳のほっそーい路地を歩くことになり
足が悪くて体力のない私には、ちょっと辛いです。

しかも 学校は海岸通りにあるため 行きは下りで石畳がすべるし、
帰りは かなり急な登り道になり、はぁはぁ言ってます。

車は平気でとばすし(流石にすれ違うのは無理なので一方通行ですが)
道が微妙に入り組んでいるので すぐ迷ってしまいます。

1_3 

でも 本当に美しいですよ

(道のゴミを掃除すればね)

特に夜は 「ここは何世紀のイタリア?」っていう風情です。

地元の人に「どこに住んでるの?」と聞かれて 答えは
「びっちーの さんた そふぃあ」
(聖ソフィアの近く)
で通じてしまいます。

街の中世博物館がある サンタソフィア寺院の公園のすぐ上です。

さっきも 近道でサンタソフィアの階段を はぁはぁ言って上ってたら

サンタソフィア寺院のとなりのアパートに住んでるお姉さんに、観光客に間違えられて

「閉まってるよー (寺院の聖堂は) 」と声をかけられました。

アパートは半地下の部屋で 玄関から14段も階段を下りるため これまた 私には辛い構造です。 この賃貸アパートは 学校が学生用に賃貸契約しているそうです。
元々は 16~17世紀の貴族の屋敷の回廊の部分だったとか。

玄関を開けるといきなり半地下への階段。しかも急です。
これって 絶対 当時は召使部屋か 倉庫だったに違いない とフンでます。

暗~くて ベッドのスプリングはへたってるしトイレの便座は無くなってるし。。。

Photo_8 部屋の四隅にあるランプのうち1つ、しかつかないんです。つまり3つは電灯が切れている。

 
おまけに窓が閉まらないときてる。

(^^ゞ

(鉄格子がはまってるので防犯上は問題ないですし、 

まだ半そでで過ごせる気候なので 私はokなんですが
 早いとこ直さないと秋が深まったらどうするんだろ。。。と人ごとながら、心配しています)

なのに 廊下や階段の(家の中の)電灯は人感センサー付きのオートマチックなんですよ。変なの~。 (アパートの部屋) 

Photo_5

今朝は ひっこしの途中で ドライバーさんにファーマーズマーケット(露天市)に寄ってもらい、野菜や果物 お花 なんかを仕入れました。 すっごく新鮮で安いです。
ただし「今 地元で採れるもの」しか売ってないのでどの店も 同じような品揃えです。

あ、教会の鐘が7つ鳴りました。 7時でも まだ明るいです。
流石に 半地下の部屋は うす暗くなってきました。
サレルノ伯爵宅に滞在中の サンコ姫の気分です。

(この文章はこっちの時間で土曜の19時ごろ書きました)

Date: Tue, 29 Sep 2009 23:12:19 +0900 (JST)

ルームメイトは ヘレナといって
わたしより2週間だけ先輩の ブロンドのスウェーデン人の女の子です

Photo_10  (学校の窓から山側をのぞむ)
最初、スパニッシュ と聞いていたのですが、スウィーディッシュの間違いでした。

女の子といっても ちょっと大人とみえて
(たぶん20代後半かな?)
きちんとした英語を話す、落ち着いた感じ。学校では ひとつ上のクラスみたいです。

土曜の夜 話した感じでは 
「朝は早起きしてジョギングしてるの これからラジオをかけるけど、迷惑じゃないかしら?
 うるさかったら言ってね。 ルームメイトができて良かったわ。 ここ、ひとりじゃ寂しいんですもん。暗いし~」  って すごく感じよかったです。

初対面なので 「先週はお互い何で顔を合わさなかったんだろうね?」
と言っていたのですが学校の 多くのきゃぴきゃぴ娘たちより ずっと大人なので
きっと 廊下ですれちがっても気がつかなかったのかも知れません。

とにかくいい人みたいで良かったわ。

Photo_7 日曜日は 大掃除と大洗濯をし、3食とも自炊しました。

ヘレナは 朝はヨーグルトのみ。 昼・夜外食 と徹底しているらしく、ごいっしょにいかが?と誘ったのですが
「ノーサンキュー」でした。

お互いつかず離れずで 気楽です。

(ピンぼけ写真は 
お昼に肉を食べすぎたある日の夕食

 アスパラ味のリゾットに山盛りパルミジャーノ・レッジャーノ  
ルッコラの若芽にオリーブオイルと生レモンをしぼってサラダ
育ちすぎのブロッコリーのソテー  安くて すんごく甘いぶどう)

近く(歩いて3分)のとこにローマ時代の遺跡があることを知りびっくりしています。

ちょうど散歩してたら案内板があったので、修復中の教会かと思ってのぞいてたら 出勤してきた館長さんとおぼしき
白髪のおっちゃんに どうぞどうぞと招きいれられ 「ぽっそ ヴぇでーれ?(観る事ができますか?)」と言ったら
「イタリア語ができるのか」と 滔々と説明されてしまいました。 (^^ゞ

(これを書いているのは日曜日の23時ごろです)

Date: Tue, 29 Sep 2009 23:26:42 +0900 (JST)

今週から 午後は個人レッスンを受けています。

午前中のクラスは文法主体なのと 初心者クラスなのであまり会話がなく、 
午後の個人レッスンで プラクティカルなところを補ってもらってます。

2週間目に入って、 なーんとなくイタリア人の言ってることが 少し わかるようになってきました。
買い物とかも 翻訳機を使いながら できるだけ個人商店でするようにしています。

2

昨日は、家から10分ぐらいのところに ローマ時代の水道橋を見つけました
ぽかんと見とれて歩いていたら その脇に 大きなスーパーを発見しました。

そこに 「○○の素」みたいなシリーズが並んでいたのでクノールの「リゾットの素」を買って ためしてみました。
おいしかったわ。

実は、こっちはミラノやローマより保守的なところで、大企業の加工品などがあまり売られていません。
 
特にびん詰めの「トマトソース(いわゆるケチャップ)」なんかにも保存料が入っていないので うっかり出しっぱなしにしておくと3日でカビがはえます。

お昼にパニーノを買って、食べ残したのをおいとくと 半日でカチコチになっちゃっいます。ああ、そうか日本のパンには防腐剤だけじゃなく 柔らかく保つためにナンかが入ってるんだなぁ。。。と感じます。 
これを品質の向上への努力と受け取るか、自然ではないものの混入と受け取るか、ちょっと複雑な気持ちです。

安く売るための企業の努力は正当に評価されるべきだと思いますが、日本の常識は世界の常識でない、と気がついたとき、さて これから消費者の代表として
我々にできることは何なのか 考えさせられました。

実はホストファミリー宅のおかあさんの夕食は どれもおいしかったんですが、 中でも一番おいしかったのが リゾットだったんです。

Photo_8
「おいしい おいしい!」って絶賛したところ おかあさん、ちょっと複雑な表情してたんですが。。。

今おもえば、同じ味なのよね~ クノールの「リゾットの素」と。。。 (^^ゞ

きっと おかあさん その日は家族のみんなが食べない日で、わたしと二人ぶんの夕食だったので 手抜きしたのね。

わたしにしてみれば、しばらくぶりの お米だったし、アルデンテで 味も良かったし。。。で めずらしく おかわりまでして食べたのでしたが。。。

きっと料理自慢のおかあさんにしてみたら複雑な心境だったんだろうなぁ (^^ゞ

今、4時半です。これから帰って 宿題をします。

(サレルノ通信3へ続く)

2011年1月 7日 (金)

サレルノ通信1 アマルフィ海岸のはじっこでイタリア語学校に通う

PC内の古いデータを整理していたら、昨年 家族に送ったメールのログが出てきた。当時、アマルフィ海岸の端っこ、サレルノという街でイタリア語学校に通っていた。

Distanze

Date: Thu, 24 Sep 2009 21:41:26 +0900 (JST)

今日は 雨がふってます

Photo_2

来週から ローマに行くのをやめて、もう1週間 ここで勉強することにしました。ローマは いつでも行けるけど、勉強は集中してやったほうが効果が上がると思って。。。

というか 正直言って ひとりで移動するのに疲れてしまって
思ったより体力がないので、ここで のんびりすることにしました

運の良いことに 今 日本人の女性があと3人来ていて
みんな わたしより上級のクラスなんですが、いろいろお世話になってます

ホームステイは いろいろ不便なので (お風呂とトイレは 気をつかわずに使いたいし)

台所つきの 一間アパート(汚いらしい と聞いているけど)に土曜日から 移ることにしました。1週間 280ユーロだから 悪くないと思うので。

Photo_3

学校は 変わらずです
宿題の山と格闘してます

ここ、サレルノは 小さい港町のくせして
立派な劇場があり、昨夜は オペラを観に行きました
すばらしかったわ!!

「リゴレット」でした。

30ユーロで 本物のオペラ!

地元出身の歌手が出ていたらしく、その人が歌うたびに拍手が起こり、ちょっと「オペレッタ」みたいな 庶民的な雰囲気でした。

ただし 開演9時 終演 12時。。。

Photo_5
劇場から家までは 歩いて たった5分のところなんだけど

(テアトロ・ヴェルディ ↑ 内部 小さいけれど立派な劇場)
(↓ 劇場の説明 クリックすると拡大表示されます)

Photo_7 

ねむーい! これから 家に戻って 昼寝します。

今夜は 学校主催の ディナーパーティーです

(家には 通信環境がないので  毎日 学校のラウンジからWifi でつないでいた。 なので、メールを書いた時間と送信した時間にタイムラグがある)

Date: Fri, 25 Sep 2009 23:27:57 +0900 (JST)
学校が閉まる時間に間に合って 戻ってきました。新しいアパート決めてきました。

2_2 

ひとり暮らしかと思ったけれど

スペイン人の女の子(エレーナというらしい まだ会ってないけど)
と キッチン バスルーム共同で
別別の部屋に 二人暮しだそうです

部屋は 思ったほど汚くはないけど
日本人の感覚からすると
やはり、ちょっとね。。。です

まぁ 1週間だから いっか。。。と
「イタリアの食材で料理してみたい」好奇心には勝てず 契約することにしました

といっても、貸してくれる相手ものんびりしたもので 「あ、じゃあ これ鍵ね」 で終わり。 (^^ゞ
1_2

別に契約書があるわけじゃなく、まだ 支払いもしてません。

ここサレルノは そういう意味では「いい意味の田舎」です。

明日、9時半に Iさんの結婚式場のホテルにピックアップに来てくれたのと同じドライバーさんにホームステイ先まで来てもらって 引越しします

新しいアパートは 旧市街のドゥオモから歩いて3~4分のところにあり、

Photo_9 

ほんとに
ヨーロッパのふっるーい田舎の旧市街 って感じです
部屋は 半地下だけど 窓の外にレモンの木があって
黄色の実が たわわに実っていました

では また月曜日にね~
月曜日は 先生の都合で(このへんが びっくり!) 授業は午後からですが 学校は開いているので 午前中にメールしに来ます

(サレルノ通信2 に続く)

2010年12月29日 (水)

ブリュッセルでデジカメ盗難 北斗晶に似た婦警さんに

デジカメを盗まれてしまいました。 100パーセント自分の「うっかり」で、「わたしのバカバカ!」と自身をタコなぐりにしたかったです。

しゅみーと倶楽部で日記を読んでくださっているかたは、昨年の日記の転記です。ゴメンナサイ。

Photo_2

2009年12月。 ブリュッセル2日目。

今回の旅行前にも「ブリュッセルって観光客狙いの盗難が多いんだって~日本人の中高年夫婦の被害が多いんだそうよ。気をつけようね」 などと、まるで人ごとのように話をしていました。

ヨーロッパに着いて2日目の夕方、一日じゅうブリュッセル町めぐりを楽しみ、翌日ブルージュに行くための列車のチケットを中央駅で購入するため地下鉄に乗りました。

Photo_3  

(朝、地下鉄に乗る時の写真↑ 余裕があるのでバックのポケットを内側にしている)

Photo_5

(中央駅構内のカフェもクリスマス・デコレーション ↑)

 折しも、クリスマス直前の日曜日の夕方です。 この日は普段日曜日は休業している商店やデパートなどが、クリスマス・ショッピング用に営業をしており、たくさんの市民が繁華街にあふれて、その人たちが帰宅するラッシュにぶつかってしまいました。

Photo_4

(パリ北駅 ↑ 周りも「民族の大移動」 って感じでした )

通常、街歩きをするときは、バッグは斜めがけ。乗り物に乗るときはバッグのポケット部分は体に接するように持つ。 などしていたのですが このときばかりは、うっかりしていました。 (↓ ポケットが外側)

Photo_6  

ホームの様子を撮影したデジカメをバッグのポケットにつっこんだまま、バッグの向きを変えずに(ポケットが外を向く方向で)満員電車に乗り込んでしまったのです。

1

(朝の比較的すいてる車内。 ↑これが夕方は東京の通勤電車並みに満員になっていた)

Photo_7

(問題のポケット↑)

不幸中の幸いは、盗まれたのがデジカメひとつだったこと。 旅行2日目だったので、失ってしまったデータがそれほど多くはなかったこと、です。

翌日、警察に行きました。 柵のはまった窓から、体格の良い女性警官さんが顔を出し、二コリともせず 「盗難届? ちょっと待ってて」とブッキラボーに言うのみ。

Photo_8

印象としては ふきげんな北斗晶が髪の毛ボサボサにして、水色の警察官の制服着て出てきたみたい。

やーん。おっかないおねえさんだなー と不安になりました。
待合室で10分以上待っていると内側から鍵が開く音がして「はい、こちらへどうぞ」 と
 北斗晶のオフィスに通されました。 どうやら個室を持っている、ちょっと偉い人らしく、机の前には金属のネームプレートが置いてあり、壁にはライセンスのようなものと パトカーにまたがった、おねえさんの写真が貼ってありました。

Photo_9

「盗まれたのカメラだけ?それだけ?現金は?ないの?」と その程度で届けなんか出すなよ、という口調でしたがテキパキ書類を作ってくれました。話をしはじめると急にフレンドリーになって、無事保険用の証明書(↓)を作成してもらうことができました。

Photo_10

帰国後、保険請求したところ、無事 買った時の金額が全額振り込まれました。盗難にあわないようにする、というのが 当たり前ですが、 いざ遭ったときのために

PCやカメラのシリアルナンバーを控えておく、というのが必要なんだ ということを学習しました。 盗難届がスムーズに受理されます。