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2012年5月 1日 (火)

ウィーンで ザッハトルテ食べ比べ まずは ザッハーから

【ハプスブルグ帝国、世界遺産とケーキの旅オーストリア11日間 その6】

2012年3月12
日 

ザッハトルテ食べ比べ まずは ザッハーから  (4.90ユーロ ↓)

1_2

ザッハーとデメル、両方食べ比べた結論は、乱暴な言い方だが「ケーキの味は食べる人の好み」。

お店のコンセプトも 最初から全く違う(ホテルのカフェと 菓子屋のカフェ)ので、お店の雰囲気なども比べるほうが無理、だと判った。

結論から先に言うと、「わたしは、味はザッハーのほうが好み。居心地はデメルのほうが好き」だ。

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オペラ座からすぐのザッハー。 まずはホテルのロビーを見学。
1泊いくらかをチェックして「残念ながら、一生泊ることはない」と結論。
つまり、この「ティールーム」も、本来は 私ごときが足を踏み入れるべき処ではないのだ。
が、まぁそこは観光客ということで許してもらおう。 以下の内容で↓18.00ユーロ 

4

 「この店は、以前も来たことがあるけれど「甘い7年戦争」って何のこと?」と尋ねるだー(オット)に簡単に語ったウンチクは以下のとおり。

1814~1815年のウィーン会議において、「特別な菓子を提供せよ」という宰相メッテルニヒの命を受け、作られたのが「ザッハ―トルテ」(病気のシェフに代わってフランツ・ザッハーが作った、という説もある)。

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1876年、ザッハー家はホテルを創業するも、世界恐慌時代に財政難に陥り、王室ご用達の菓子店デメルから資金援助をうける。

この際にザッハ―トルテのレシピが流出したと言われている。

後の世代になりザッハーがデメルに対して「ザッハ―トルテ」の名前の使用を禁止する訴えを出し、その裁判は7年(9年という説もある)続いた。

現在はオリジナルを名乗るのはザッハーのみだが、デメルも「デメルのザッハ―トルテ」の販売が許可されている。

上の写真は 「アップフェル・シュトゥルーデル」

ザッハ―トルテ・アップフェル・シュトゥルーデル・コーヒー2杯で18ユーロでした。

ザッハ―トルテの歴史に関する記述は 猫井登 著 「お菓子の由来物語」 幻冬舎ルネッサンス 
ISBN978-4-7790-0316-5  を参照させていただきました。

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